特別展「日米富士自転車の歴史展」開催
平成20年1月11日(金)~4月6日(日)
科学技術館2階情報室 9:30~16:50

明治32年に日米商店の名でアメリカ製品を輸入する代理店として創業された日米富士自転車はフレーム(車体)から各種部品まで製造する日本では数少ない一貫製造会社でした。
このため創業してから日米富士自転車という名称が消えるまでの101年間の歴史は、日本における自転車の歴史といっても過言ではありません。国内だけではなく海外まで大きく進出する機会が何回もあった一方で、戦争による製造低下を余儀なくされたり、経済不況による会社整理に見舞われたり、栄枯盛衰の歴史でした。その101年間の歴史を自転車、部品、ポスター、チラシ、カタログなどによって紹介します。
特に昭和初期のポスターはその時の社会状況もわかるもので、自転車は明治から昭和60年代まで、各時代を代表するともいえる5台です。
輸入自転車が増加する今、日本の自転車技術のすばらしさをもう一度見直していただきたいと願う展示でもあります。

[展示内容]

冨士覇王号


1930年前後(昭和初期)
昭和3年から135円(警察官の初任給が45円のとき)で発売された高級婦人用自転車です。
イギリスの高級自転車「ラージ号」を大正5年から日本で製造していましたが、「ラージ」という名称の商標権問題から「冨士覇王号」という名称に変更して販売をはじめたものです。昭和37年までその名が引き継がれ、この間日本を代表する自転車としての地位を保っていました。

冨士ハイスピードチェン発売ポスター


(昭和8年)
大正10年から製造を開始したチェンに日米商店としてはじめて「冨士」の冠称をつけました。昭和7年に50万本販売し、翌年の創業35周年の大売出しによって100万本を販売しました。この成果をふまえ、昭和8年4月から冨士チェン姉妹品のハイスピードチェンの販売を開始しました。


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