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昭和40年〜現在  1 2 3 4 5


  そのマウンテンバイクは昭和49年、アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコ北部マリン・カウンティで野山を自由に駆け回るための自転車として誕生した。頑丈で強力なブレーキ・ジャンプの衝撃にも耐えられる強靭な特殊フレームやアップハンドル・走破性の高い太いタイヤ・多くの変速ギヤなどこれまでにないスタイルの自転車はあっという間に世界中に広がり、日本でも昭和52年から製作が始まった(図96)。バイク的雰囲気をもち、どんなところでも走ることができる機動力と、スピードが出せる割には小型で軽量という点が子どもたちにとって魅力となり、静かなブームとなって広がりはじめ、昭和50年代末ころから爆発的人気となり、近年まで製造会社や小売店の儲け頭にまでなった。



図96

昭和57年 新家工業 マデイフォックス

日本でのマウンテンバイクの製造は昭和52年から始まった。前ホークはクロムモリブデンを含有しており、軽量にも関わらず弾性や剛性が増している。マディフォックスとは泥だらけのキツネという意味。

 昭和55年、「またの名を蟷螂権左ヱ門(かまきりごんざえもん)」という愛嬌のある立ち姿のカマキリのイラスト(図97)が入った、一風変わった自転車が中高校生の男子生徒を中心に人気を集めた。アップ型ハンドルにラッパ式ホーン・後輪を逆回転すると制動するコースターブレーキなど従来にないスタイルが人気の原因で、この自転車からアップ型ハンドルを俗にカマキリと呼ばれるようになった。このようにして幼児から青少年向けまでの自転車は、製造・販売において中心的な位置を占めるまでになった。

図97

昭和55年 ブリヂストンサイクルのカタログより

車体にカマキリのイラストが描かれており、このことからアップ型ハンドルを俗にカマキリと呼ばれるようになった


 国内生産台数における子ども車の占める割合は昭和57年頃までは年間1,600〜2,000万台で全体に占める割合は24〜29%と昭和40年代から引き続き順調に進んだ。

(表10)子ども車の生産台数の推移

子ども車の年間生産台数
全体の年間生産台数
子ども車の占める割合
昭和50年
1,660
5,972
27.8%
昭和51年
1,466
6,310
23.2%
昭和52年
1,573
6,334
24.8%
昭和53年
1,452
5,869
24.7%
昭和54年
1,830
6,268
29.2%
昭和55年
1,969
7,083
27.8%
昭和56年
1,542
6,601
23.4%
昭和57年
1,607
6,532
24.6%
昭和58年
1,510
7,039
21.5%
昭和59年
1,322
6,810
19.4%
(単位1,000台)       (自転車統計要覧より)   

  

 




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