生活の中に生きる自転車
「ママチャリ文化」 その2 ママチャリ誕生の礎(昭和40年代)

 昭和30年代を通じて日常生活の中で利用する自転車の種類が実用車から軽快車へと移行していきました。特に39年頃から前カゴがオプション装備から標準装備となったことで、通勤通学に利用する他、買物に利用する頻度が高まっていきました。昭和39年の調査で16歳以上の女性で女性用自転車を持っていない962世帯に、なぜ女性用自転車がほしいかという理由を聞いたところ、「買い物に行く商店が遠いから」31.0%、「外に出る用が多いから」24.0%、「健康増進のため」14.7%という結果が出ています。こうした状況は女性のための自転車造りに大きな影響を与えました。

 

[昭和40年代における女性用軽快車 生産台数の変化]
 軽快車と呼ばれる自転車も車体形式からループ形を中心にした女性用車と、スタッガード形を中心とした男女共用車があります。この軽快車の中における女性用車の割合は昭和40年代を通じて表1のように上昇を続けていきました。この割合に基づいて販売台数を推計したのが表2です。

表1 昭和40年代における軽快車の中における女性用車の割合の推移

39年 

40年

41年

42年

43年

44年

45年

46年

47年

48年

49年

50年

44.1

 

 

 

62.3

65.4

69.1

70.1

71.8

76.0

77.0

 

40~42年は統計上の数値がない
表2 昭和40年代における軽快車の中における女性用車の販売台数の推移(万台)

39年 

40年

41年

42年

43年

44年

45年

46年

47年

48年

49年

50年

64.4

 

 

 

63.4

57.6

90.8

75.9

87.9

112.2

89.7

 

40年~42年は統計上の数値がない

 女性用軽快車の販売台数の上昇は自転車に乗ることのできる女性の割合の上昇からもわかります。昭和31年における自転車に乗ることのできる女性の割合は20代では61.2%と過半数を超えたものの、30代では41.6%、40代では18.2%と急激に低下していました。しかし、昭和43年における割合は表3より、地域に関係なく40代までが50%を超え、50代では女性の割合の伸びが男性の伸びよりも大きくなっていることがわかります。

表3 昭和43年における自転車の乗れる人の割合

 

10代 

20代

30代

40代

50代

60代 

 

団地

84.1

98.9

85.2

98.9

74.6

98.6

54.9

97.1

31.1

89.7

12.0

64.1

60.1

79.4

地方

92.8

97.8

95.1

99.0

80.8

97.9

70.3

97.6

36.0

96.3

9.3

71.4

60.2

85.4

団地:東京・大阪・名古屋  地方:山形・福井・徳島

 その一方で、女性用軽快車の生産台数の伸びをスポーツ車や実用車を含めた全体の生産台数(子ども車は除く)の伸びと比較すると、相対的に非常に小さいことがわかります。全体の生産台数は昭和48年まで増加を続け、40年からの8年間で約3倍の伸びを示しました。特に47年から48年のわずか2年間で約2倍、700万台近くまでに達しているにも関わらず、軽快車並びに女性用軽快車はそれほどは伸びてはいません。このことを同一グラフ上で表したのが図1で、この図より軽快車並びに女性用軽快車の伸びがほぼ横ばいに近い状況を続けていることがわかります。

図1 昭和40年代における全車種と軽快車の生産台数の推移(万台)
 この原因は昭和40年頃に登場したミニサイクルによるものです。生産台数が40年は年1万台にも届かなかったのが、42年4万台、44年50万台、46年100万台と急増を続け、48年には280万台で全車種(子ども車を除く)の40%を占めるまで達しました(図2)。
図2 昭和40年代における全車種とミニサイクルの生産台数の推移(万台)
 

[ミニサイクルとは その特徴]
 ミニサイクルとは大人用ですが車輪径が軽快車の26インチではなく、18~20インチという小径を用いたループ型自転車です。(写真1)。

 
 
 
 
女性用軽快車
 
ミニサイクル
 
 
富士シルビアファイン(定価27900円)
 
富士ベガファイン(定価26900円)
 
写真1 昭和47年の女性用軽快車とミニサイクル(日米富士自転車カタログより)

 このミニサイクルは単に車輪径が小さいということだけではなく、小さいが故に26インチ軽快車と製作上に多くの相違点が生じ、それが逆に利点として女性を中心に人気が出たともいえます。
①前後の車輪間の距離を26インチ軽快車と同じにすると車輪径が小さい分、全長が短くなり、方向転換が容易で走行時の安定性にも優れています。
②車輪径が小さいと障害物を乗り越えるのに大きな力が必要になります。また同一の車輪にかかる力が大きければ大きいほど、障害物を乗り越える力も大きくなります。したがってペダルによって駆動されている後輪には出来る限り大きな力を加え、前輪にかかる力は少なくすることが重要で、車輪径が小さければ小さいほどこの重要性が高くなります。このためミニサイクルは26インチ軽快車よりもサドルの位置が後輪の車軸に近くなっています。
このことはサドルとペダルの位置関係によって別の利点が生じます。軽快車はサドルを支えているパイプの下にペダルがありますが、ミニサイクルはこのパイプの下よりも前についています(図3)。このため軽快車はサドルを上げ下げしてもシートアングル(図中の角αとβ)の角度の大きさは変化しません。ミニサイクルではサドルが低いときはシートアングル(図中の角γ)の角度の大きさは小さく、サドルが高いときは(図中の角δ)角度の大きさが大きくなります。このため背の高さに応じてシートアングルを変えることができるので、ペダルに対して常に好適なサドル位置を保つことができます。さらにその背の高さに応じてサドルやハンドルの上げ下げによる高さ調整を誰でも簡単にできるように現在のシティサイクルでは必ず装着されているクイックレバーがミニサイクルでは最初から付けられていました。

  女性軽快車   ミニサイクル  
  サドルが高いとき サドルが低いとき   サドルが高いとき サドルが低いとき  
  角α=角β   角δ>角γ  
図3 サドルの高さを変えたときのシートアングルの変化のようす

③車輪径が小さいため、両輪間の距離を短くすると、大人が乗る場合曲がるときにフレームがひざに当たってしまいます。そこで1本の深上がり式のループ型になっています。フレームが1本のループ形であるため、2本ループよりも乗り降りの際の足の上げが小さくて済みます。このことは使用者の年令・性別・体型を問わず誰でも乗ることができる利点があります。
④軽快車は車輪径が大きいためタイヤの空気圧を高くしても地面との接地面積が大きくとれるので障害物の乗り越えも容易です。ところがミニサイクルはタイヤの空気圧を高くすると車輪径が小さいため接地面積が小さくなり、障害物に対して敏感になってハンドルが振れてしまいますので、軽快車の4分の3の低圧にせざるを得ません。すると空気量が少なくなってしまい、横からの力に対してはずれやすくなるため、太いタイヤを使い、リムはそれまでの実用車等で使われていたビートエッジ(B/E)ではなく、現在のシティサイクルで使われているフックドエッジ(H/E)というリムを使っています。太いタイヤは自転車のジャイロ効果を高め、直立性をよくするためふらつきを防ぐ効果もあります。
⑤昭和40年頃から女性用軽快車は前カゴが標準装備となっていきましたが、ミニサイクルではハンドルがハイアップ型であることから、従来よりも容積の大きい前カゴの設置が可能になりました。同様に、後輪の上に付いている荷台の高さも低くなったため、背の低い女性や30代以降の人たちにも荷物の積み下ろしが楽になりました。
⑥ハイアップ型ハンドルのために、ブレーキ伝達が軽快車で使われているロッドによる方式が出来なくなったため、ワイヤ式になりました。ワイヤ式ではブレーキ部分の自由度が増したため、キャリパ式と呼ばれるゴムを横からリムの側面を押しつける方式が取られ、このことでゴムを下から押し上げてリムを押しつける方式よりも制動力が大きくなりました。また、ワイヤ式は車体全体の重量の軽減化ももたらしました。
このほかにも、女性用軽快車と製作上の相違点があります。
①スタンドの材料が軽快車は平材を用いているのに対して、ミニサイクルは丸材を用いています。丸材は断面並びに角に丸みを持たせることができるため、スタンドを移動させる際の安全性が平材よりも高くなります。
②タイヤが太くなった分だけ、側面にカラフルな模様をつけることができます。

表4 女性用軽快車とミニサイクルの仕様の違い

 

女性用軽快車

ミニサイクル

車輪径(インチ)

26

18~20

フレーム

2本ループ

1本ループ

ハンドル

アップ形

ハイアップ形

ドレスガード

原則あり

原則なし

ブレーキ伝達

ロッド

ワイヤ

サドル調整用クイックレバー

なし

あり

サドルの高さ変化によるシートアングルの変化

なし

あり

タイヤの空気圧(女性用軽快車を1とする)

1

0.75

スタンド

平材両立

丸材両立

前カゴ

あり

あり

ライト

1灯または2灯

1灯または2灯

チェーンカバー

全カバー

全カバー

 

[ミニサイクル急増の原因]
 女性用軽快車とミニサイクルの昭和40年代における生産台数の推移を表したのが図4です。

図4 昭和40年代における女性用軽快車とミニサイクルの生産台数の推移(万台)

 この図から昭和46年に生産台数の逆転が生じていることがわかります。なぜミニサイクルがこんな短期間に急速に普及したのか、これまでにもいろいろな理由が各書で述べられています。
①高度経済成長とともに昭和35年頃から45年頃までの10年間に東京近郊の各市の人口が軒並み急増しました(図5)。しかし、自宅から駅までの公共交通機関への投資の遅れによる交通体系の未確立を補うための代替として自転車が自宅から駅までの通勤通学用として利用しなければならない状態となり、新規の自転車の購入が求められました。
②人口急増により昭和40年代に入って高層団地建設が急増しました(図6)が、家庭ごとに広い駐輪施設がとれないので、軽快車よりも小型でしかも1台で家族の誰でも乗ることができるミニサイクルが最適でした(写真2)。

図5 東京近郊における昭和30年代以降の人口の増加のようす(万人)
図6 日本住宅公団が昭和30年~40年代に東京で建設した高層団地の建設戸数(万個)
 
 
 
写真2 ミニサイクルを使って買い物に行く
 
 
[女性用軽快車とミニサイクルの利用層の対比]
 女性用軽快車とミニサイクルが車輪径の違いとそれに伴う弱冠の違いだけで、なぜこれほどの生産台数に大きな差が生じたのでしょうか。
 東京近郊の人口が増えていることや高層団地の増加による原因もありますが、ミニサイクルの販売状況の拡大は全国的な広がりを見せています(図7)。
図7 昭和44年~47年におけるミニサイクルの1店舗あたりの年間販売台数の占有率(%)
 そこで前述のミニサイクル急増の原因とは別の原因があるのか検討してみます。
最初に女性用軽快車とミニサイクルの販売のためのキャッチコピーを比較したのが表5ですが、差はほとんどありません。
表5 女性用軽快車とミニサイクルの販売のためのキャッチコピー
 
女性用軽快車
ミニサイクル
フレーム サドルを下げて重心を低くし、初心者でも乗りやすい  U型フレーム・サドルの高さを調整することで誰でも乗れる
乗り方 乗降車が楽 ラクな乗車姿勢で安心して乗れる
利用者 一家に一台 家中で乗れる
デザイン 華麗な模様・デザイン おしゃれなデザイン
  ドレスガード付 実用性とハイセンスの両面が完備
前カゴ 買物に便利なカゴ・バッグ付 買物に便利なカゴ・バッグ付
 次に価格です。表6に同年度同会社による平均価格を示しましたが、女性用軽快車とミニサイクルに大きな差はありません。しかし、ミニサイクルは折りたたみ車などの型式や車種、車体色などが年を追って豊富になっていきました。
表6 女性用軽快車とミニサイクルの平均販売価格
 
 
女性用軽快車
ミニサイクル
45年
日米富士
8種 24863円
3種 25167円
46年
日米富士
8種 27775円
8種 24700円
 
ナショナル
9種 26833円
6種 25950円
 
ブリヂストン
2種 26500円
1種 23500円
47年
日米富士
4種 27900円
11種 26755円
48年
日米富士
5種 31380円
11種 29218円
 次に女性用軽快車とミニサイクルの利用者年代別占有率の推移を表したのが図8です。
10代
20代
30代~
図8 年代別・軽快車とミニサイクルの占有率
 ミニサイクルの生産台数が50万台に達した44年以降統計をとりはじめましたが、10代と30代ではまったく反対の傾向を示していきました。当初は20代以降が中心としてミニサイクルは販売され、特に30代以降ではミニサイクルが51%を占めていました。しかし、47年以降は軽快車が57%を占めるようになってからその後ほぼ同じ水準で推移しています。これに対して10代は当初は39%にすぎませんでしたが、47年以降は50%を超え、56%までになっています。20代は1:1でそのまま推移しています。
こうした傾向を示した原因を考えてみます。昭和43年における自転車に乗ることのできる女性の割合が30代で75~80%、40代で55~70%でした。自転車に乗れない、あるいはあまり利用していない女性にとって買い物に便利である自転車を利用したいと思っていました。そうした女性にとって大きさ以外に大きな差がないならば、26インチよりも20インチの方が小型で乗りやすいと感じたのです。また当時購入のきっかけの31%は自転車店における店主の勧めであったというアンケート結果がありますが、製造会社も販売拡大のチャンスということでミニサイクルを前面に押し出していたことも大きな理由の1つといえます。
ところがミニサイクルはフレームが1本のため車体の強度を確保する上で太さや肉厚を大きくとらざるを得ず、重量は軽快車とほとんど変わりません。また、ミニサイクルはハンドルステムやシートチューブの長さが軽快車よりも長いため、腕や腰の力が20代のときよりも弱くなっている30代以降では運転する際のバランスをとるのが難しいのです。こうしたことからミニサイクルから軽快車への移行が考えられます。
一方、10代の女性にとって販売当初のミニサイクルはこれまで利用していた自転車と大きさは変わらず、デザイン・装飾等も積極的に購入したいと思うほどの魅力はなく、むしろ軽快車の方が大人になったという感覚を得られることから、ミニサイクルの占有率が低かったと考えられます。しかし、45年頃から10代に的をしぼったミニサイクルが登場しました。
昭和47年 「ファッショナブルなミニサイクル ローティーンからヤングレディまで」
「乗りやすく、おしゃれなコンパクトカー」
昭和48年 「ナウなファッション感覚をとり入れたニューデザイン」
「ファッション界に名高いパリのデザイナーがデザインした自転車」
おしゃれで流行の先端をいく自転車として、10代~20代の女性に人気を得ることになりました。
 

[販売の低迷 女性用軽快車とミニサイクルの融合]
 昭和48年10月に勃発した第4次中東戦争を契機に起こったオイルショックの影響で日本の消費が急速に低迷期に入りました。自転車の生産台数も49年は48年度に対して全車種82%、軽快車78%、ミニサイクル84%、50年は48年度に対して全車種63%、軽快車47%、ミニサイクル74%など、すべての車種で急激な減少を示しました。
 こうした中で女性用軽快車とミニサイクルの融合が48年頃から始まりました。車輪径の接近化(表7)、フレームの形状変化(写真2)などが現れてきました。

表7 女性用軽快車とミニサイクルの車輪径の変化(インチ)
従来
48年
49年
50年
女性用軽快車
26
24
22
ミニサイクル
20
22
24

 女性用軽快車は前後輪をつなぐ2本のフレームのうち、これまで上部はループ、下部は直線でしたが、現在と同じ2本ともループのダブルループ型が登場、24インチミニサイクルはループの1本フレームながらサドル下との接合部が高くなっています。こうして、現在最も多く見かけるママチャリに近づいてきたといえます。

 
 
 
 
軽快車24インチ
 
軽快車22インチ
 
 
昭和48年  ナショナルビューティ
 
昭和50年  ナショナルミディ
 
 
 
 
 
ミニサイクル24インチ
 
軽快車とミニサイクルの融合型26インチ
 
 
昭和49年  ナショナルフルール
 
昭和48年  富士フォスター
 
 
 
 
軽快車とミニサイクルの融合型26インチ
 
 
昭和48年 富士フォスター
 
写真3 女性用軽快車とミニサイクルのフレーム形状の変化のようす
 

[放置自転車問題の発生]
 昭和40年代を通じて軽快車やミニサイクルの増加は誰でも気楽に乗れ、買物や通勤通学に利用するなど日常生活に欠かせない存在になっていった半面、急激な生産台数すなわち利用台数の増加に駐輪場の設置が追いつかなくなってきました。このため、駅前の放置自転車問題が発生することになったのです(表8)。

表8 東京都全都における駅周辺の駐輪場収容台数と放置自転車の台数
駅周辺乗り入れ台数
駐輪場収容台数
放置自転車台数
放置率
昭和49年
73982台
29000台
44982台
61%
昭和50年
118294台
39191台
79103台
67%

特に東京の区部では昭和50年には73%の放置率までになっていました。次の昭和50年代ではママチャリの完成と合わせて、駐輪場対策が本格化します。

 

(参考文献)
1)自転車潜在需要調査報告 自転車産業振興協会 1965年
2)昭和44年自転車国内販売動向調査年間総括 自転車産業振興協会 1970年
3)昭和47年自転車国内販売動向調査年間総括 自転車産業振興協会 1973年
4)昭和52年自転車国内販売動向調査年間総括 自転車産業振興協会 1978年
5)内外自転車情報第46号 日本自転車産業協会 1964年
6)自転車の需要予測調査報告書 自転車産業振興協会 1969年
7)自転車化社会に関する調査研究報告書 自転車産業振興協会 1976年
8)日米富士自転車カタログ各種 日米富士自転車
9)ブリヂストン自転車カタログ各種 ブリヂストンサイクル工業
10)宮田自転車カタログ各種 宮田工業
11)ナショナル自転車各種カタログ 松下電器産業
12)片倉自転車各種カタログ 片倉自転車
13)ナショナル輪栄 松下電器産業 1965年~1975年
14)調布市・三鷹市・川口市・相模原市各市役所ホームページ
15)日本住宅公団史 日本住宅公団 1981年
16)東京都における駅前放置自転車対策 資料編  東京都生活文化局総務部交通安全対策室  1985年

  谷田貝一男
  昭和30年代   昭和50~60年代   平成年代   ママチャリ文化表紙