20. 東京日本橋繁栄之図 芳虎画 明治3年

日本橋の南詰に設置されていた高札場とその周辺の状況を描いている。高札場とは府や領主の最も基本的な法令を書き記した木の札(高札)を掲示した施設であり、江戸時代6万を越える全国の村々にあまねく存在していた。多くの人々の目に触れるように、村の中心や主要な街道が交錯する交差点といった人通りの多い場所に設置されていた。左の石垣が築かれている所が高札場で、その右隣に目安箱がある。目安箱の前に飛脚箱を担いだ町飛脚の姿も描かれている。外国人らしき男が三輪車に乗っているようすが描かれているが、二輪車・三輪車の登場する錦絵として最初のものといわれている。この絵が描かれた明治3年に竹内虎次郎が東京府に製造販売の許可申請を出したが、この文書の中に初めて「自転車」という言葉が使われている。
歌川芳虎(生没年不詳)は国芳の門人で、天保から明治20年頃(1887年)にかけて武者絵、役者大首絵の他、開化絵なども多く画いた。明治元年(1868年)の錦絵師番付では2位であった。