
資 料
昭和41年 自転車統計要覧 自転車産業振興協会発行
昭和44年 自転車の需要予測調査報告書 自転車産業振興協会発行
昭和40年前後 自転車メーカー各社のカタログ
[生産状況と所有者の状況]
日本工業規格では子ども用自転車(以下子ども車)の車輪の大きさは24インチ以下と規定されています。いわゆる大人が利用する自転車にも24インチ以下がありますので、子ども用と大人用はサドルの高さ・ブレーキレバーの開きの違いによるものです。ここでは、5才から9才くらいの子どもが利用する小型の自転車を指します。
この子ども車の生産台数は昭和32年以降39年までの8年間で22万台の微増に過ぎませんでしたが、40年以降急増し、40年、41年の2年間だけで37万台の増加、43年には100万台を突破し、わずか4年で2倍という急増になりました(図1)。また、自転車生産の全台数における子ども車の占める割合も同様に40年以降急増しています(図2)。

子ども車の生産価格は35年以降43年まで5000円台で変化がありませんが、一人当たりの雇用者所得の前年比はほぼ一定の割合で増加しています。このため、実質価格は一定の割合で低下しており、生産台数の急増が価格の変化に起因を求めることができる傾向にはありません。(表1)。
表1 子ども用自転車の生産価格と所得前年比増加割合
35年 |
36年 |
37年 |
38年 |
39年 |
40年 |
41年 |
42年 |
43年 |
|
生産価格(円) |
5025 |
5090 |
5149 |
5141 |
5178 |
5280 |
5334 |
5379 |
5725 |
所得前年比増加割合(%) |
10.3 |
14.3 |
13.5 |
13.0 |
13.7 |
10.5 |
11.1 |
13.1 |
13.3 |
昭和44年に発行された「自転車の需要予測調査報告書」には43年に7都府県5060世帯2万115人を対象にして行われたアンケート結果が出ています。東京、大阪、名古屋の3都市2197世帯7641人は集合住宅居住者を対象に、熊本、山形、福井、徳島の4県2863世帯12474人は戸建住宅居住者を対象にしたもので、大都市圏と地方という差があるものの傾向を見ることは可能といえます。
この報告書によると、年齢別自転車保有率が東京、大阪、名古屋の集合住宅居住者では6〜9才が70%前後を示し、20代以降は各年代とも10%未満となっています。これに対して、地方の戸建住宅居住者では6〜9才が20〜50%台を示し、20代以降でも20〜40%台を示しています。また、全車種の自転車保有率は集合住宅居住者が42%に対して戸建住宅居住者は85%にも達していますが、その中に占める子ども車の割合は集合住宅居住者が68%に対して戸建住宅居住者は14%にしかすぎません。その一方で、6〜9才の人口割合は集合住宅居住者でも戸建住宅居住者でも7%前後で変わりません。(図3、図4、表2)。


図4 戸建住宅居住者の年代別自転車保有率
自転車保有率 |
利用自転車における子ども車の割合 |
6〜9才の年齢構成割合 |
|
集合住宅居住者 |
42.6% |
67.7% |
7.9% |
戸建住宅居住者 |
84.7% |
13.9% |
6.1% |
さらに、自転車の購入理由を居住地別に見ると、集合住宅居住者の44%が遊びのためで、その他の理由はいずれも10%にも達していません。これに対して戸建住宅居住者は遊びのためは19%で、通学用の22%をトップに用足し15%など現代の自転車の利用状況に近い形態になっています。(表3)
| 遊び | 通学 | 用足し | 買い物 | 通勤 | サイクリング | |
| 集合住宅居住者 | 43.5% | 2.4% | 8.8% | 7.2% | 4.9% | 4.0% |
| 戸建住宅居住者 | 18.7% | 22.1% | 14.5% | 4.6% | 6.2% | 2.9% |
表3 住宅種類別自転車購入理由
これらのことを総合すると、昭和40年前後における子ども車の需要は都会の集合住宅居住者が中心となっているともいえます。日本住宅公団が建設した賃貸用団地の建設戸数は東京、全国いずれも昭和40年から急増しており、このグラフの傾向は子ども車の生産台数、生産比率のグラフの傾向と似ています(図5、図6)。


[自転車の形状変化]
昭和25年、自転車の価格統制解除と併せて子ども車の製造禁止も解除されました。しかし、当初はアメリカ向け輸出が主で、部品も大人用を切り詰めて造っていましたので、製造時間と原材料費の割には販売価格が大人用と較べて半分ほどのため、収益が上がりませんでした。このため、30年代中頃までは製造会社に子ども車を生産車種の中心にする考えはなく、大人用と大きさ以外はデザインも大差がありませんでした(図7)。

しかし、30年代における販売台数の季節による変化が子ども車は荷物運搬用を中心とした実用車と比べて小さく、実用車の売り上げが落ち込む6月から11月までの期間、子ども車の売り上げは反対に大きくなるという傾向にありました(図8)。さらに、38年、実用車の全生産に対する比率が初めて50%を割りました。こうした状況から軽快車と並んで子ども車が自転車の生産の中心として位置づけられるようになりました。

図8 昭和36年のEPA法による車種別季節要素の月変化



38年以降の子ども車とそれ以前のこども車を比較すると次のような点で違いが見られます。
@全体の色が単色から白色と暖色の2色に変わっている
A警報器がベルからブザーやサイレンに替わっている
Bテールライトの点滅や旗を付けるなど視覚に訴える付属品の装着が行われるようになってきた
C子どもの体型に合わせた部品(ハンドル、ブレーキレバー、ギヤなど)を装着するなど車種の多様性が見られるようになってきた。
このように、居住空間の違いという外的要因とは別に、製造側の子ども車に対する姿勢の変化
という内的な要因も生産台数の急増につながったともいえます。
(自転車文化センター 学芸員)