資料から知る自転車の歴史 8      

19世紀末のポスターから知る欧州自転車産業のようす    谷田貝一男

                       資料

1890年代のヨーロッパで発行されたポスター

  1861年にフランス人のミショー親子が前輪にペダルをつけることを考案して、2台を製造販売しました。翌62年には142台、65年には400台を製造し、67年のパリ万博に出品もしました。顧客リストにはルイ・ナポレオン王子やアルバ公爵も入っており、従業員300人、工場の敷地面積は10000m2、総売上台数1000台となりました。すなわちこの自転車が本格的な実用自転車として量産されるようになり、自転車が産業として成り立つことが明らかになりました。これ以降自転車の形態をはじめ性能向上のための各種部品の考案、改良が活発に行われ始めました。主なものを書き出すと次のようなことが挙げられます。
 
1869年 前輪と後輪の大きさの異なる自転車「ファントム」
   
ダブルテンションスポーク、ソリッドゴムタイヤの使用
 
1870年 さらに前輪を大きくし後輪を小さくしたオーディナリーの最初である自転車「アリエル」
   
車輪を含めた車体全体が金属製、クロスバーでスポークの張力を均等に調整、センタース アリング型ヘッド、2段ギヤ
 
1874年 「エキストラオーディナリー」
   
タンジェントスポークを使用
 
1878年 「カンガルー」
   
ギヤシステムを導入した駆動装置を前輪の左右に取り付ける
 
1879年 「ペイリス・トーマス」のオーディナリー
   
前ホークが中空のパイプ、車輪軸にプレーンベアリングを採用、ラジアルスポークを採用、ネジ付ニップル
 
1879年 「バイシクレッタ」自転車
   
ギヤとチェーンによる後輪駆動、前ホークを斜めに取り付ける
ペイリス・トーマスのオーディナリー (自転車文化センター所蔵)
  1885年
ジョン・ケンプ・スターレーはウィリアム・サットンとともに現代の自転車の原型ともいえる新しいタイ
   
プの自転車「ローバー」を製作し、スタンレイ・バイシクルクラブショーに出展
   
この自転車の特徴は次のようなものでした。
    ①前後輪がほぼ同じサイズ
②後輪駆動
③フレームはダイヤモンド型で中空パイプ
④32本のタンジェントスポーク
⑤前輪上部にスプーン型ブレーキ
⑥泥除け
⑦スプリングトサポート付サドル 
⑧自重はさ17kg(オーディナリーが15~25kg)
 この「ローバー」の登場で自転車の主たる形態は定まりましたが、フレーム型式はダイヤモンド型をはじめ様々な型式が登場し、部品の向上もこれまで以上にめざましい発展がありました。
  1887年 3スピードのディレーラが考案
  1888年 スコットランド出身の獣医ダンロップが空気入りタイヤを自転車に装備し、特許を得る
  1890年 ミシュラン兄弟がチューブ入りタイヤを考案
  1895年 バンドブレーキの開発
  1896年 フリーホィールが導入  遊星ギヤ機構の2スピードギヤ
  1898年 コースターブレーキの開発
 こうした開発によって1880年代以降自転車工場は倍増を繰り返し、90年代は自転車産業の黄金期となりました。イギリス国内における自転車の生産工場数は次の通りです。
 
コベントリ
 
バーミンガム
 
ノッチンガム
 
 
1874年  2
 
1875年   6
 
1878年  8
 
 
1882年 14
 
1880年  43
 
1886年 13
 
 
1890年 22
 
1886年  54
 
1892年 33
 
 
1982年 35
 
1891年 114
     
 完成車メーカー数は1897年で次のようになりました。
コベントリ  75社   バーミンガム  309社   ノッチンガム  59社   ロンドン  390社
 また、1982年におけるイギリスの自転車並びに部品の輸出は対アメリカ25万5466ポンド、対フランス23万8806ポンドをはじめ、ヨーロッパ各国やオーストラリア、ニュージーランドなどその合計は91万5856ポンドになっていました。その後の自転車産業の成長率は1892年以降次のように年々大きく成長していきました。
1892年    100   1893年   112.8   1894年  116.3   1895年  115.4   1896年  133.9
 こうした状況は当時のポスターからもうかがい知ることが出来ます。
 

【タイヤ】
 1845年、イギリス人のトムソンが空気入りタイヤを考案して特許を得た後、88年にイギリス人のダンロップがはじめて自転車に装備しました。さらに90年にはイギリス人のロバートソンが現在のタイヤの型の主流であるW/O(ワイヤードオン)形式の原型を考案しました。

パル(フランス) 画   クレマン自転車(フランス) 製作
1898年頃
クレマン自転車は、1888年にイギリス人の獣医ダンロップが 発明した空気入りタイヤのライセンスを1891年に取得してい ます。
女神をイメージして描かれた女性が手にしている自転車は、空気入りタイヤを使用しているため乗り心地が良いことを、タイヤを 強調して描くことでアピールしています。
作画者のパルは古典的な人物や女神をよくモチーフに用いましたが、90年代のポスターにはパルの作品以外にもよく女神が描か れており、イギリスの自転車メーカー「ラッジ」はフランスでは「女神」という言葉をブランド名に使っていたほどです。

フレキン(国籍不明)画    ミシュランタイヤ(フランス) 製作
1890年代
空気入りタイヤが登場してまだ間もない頃であったため、頻繁にパンクが起きました。タイヤの難敵であったパンクに対して強さを強調しています。
世界でも屈指のフランスのタイヤメーカーであるミシュラン社はアンドレとエドワールのミシュラン兄弟によって1889年に創業されました。ミシュラン兄弟は、まずブレーキパッドの生産を開始し、2年後に自転車用タイヤを登場させました。
それまでのタイヤはホイールに接着する方式でしたので、交換には時間がかかりました。ミシュランの自転車用タイヤは、ビス留めとすることで、わずか15分程度で交換できるという特徴を持っていました。
この年の自転車レースで、このタイヤを装着した選手が優勝したことで、一気に知られる存在になりました。

トルーシェ(フランス)画  モレルタイヤ(フランス)製作
1898年
ミシュランタイヤと同じく短時間で簡単に交換できることを、子どもを使ってアピールしているポスターです。
このポスターには「あなたの自転車にモレルのタイヤを使ってみませんか。付けはずしがとても簡単です」と書かれています。さらに次のような2人の子どもの会話も書かれています。
「ジョージ。早くタイヤをつけてね。パパとママが来たわ。」
「だいじょうぶだよ。リリ、ほら、もう出来た。」
右の幼児の頭の形はフランス人画家ピエール・ボナールの影響を現しています。

 

【チェーン】
 ギヤとチェーンによる最初の後輪駆動自転車は1879年、イギリス人のローソンが考案した「バイシクレッタ」で、翌年同じイギリス人のレノルドが今日のチェーンの原型を発明しました。当初は回転によるチェーンの磨耗が激しく切れやすかったのです。

作画者不明  テロ自転車(フランス) 製作
1890年代後半~1900年代前半
テロ社は創業者テロとラビンニョによって取得した特許のチェーンに特色がありました。この当時のチェーンはよく切れたので、テロ社の自転車ならば蒸気機関車と競走するくらいスピードを出してもチェーンが切れないことをアピールしています。

 

【シャフトドライブ装置】
 チェーンを使わずに、シャフト(駆動軸)を用いてペダルの回転を後輪に伝える装置です。イギリス人のミラーによって1882年に発明されました。当初は三輪車に使われていたのですが、
1889年に自転車にも使われるようになり、1890年代はイギリスをはじめフランス、ドイツ、ベルギー、オーストリア、アメリカなどで続々生産されました。

ウェンナーバーグ(スウェーデン)  画
クレス&プレッシング自転車(オーストリア)  製作

1898年頃
クレス&プレッシング社はチェーンなしの自転車専門メーカーです。男性が乗っていた自転車のチェーンが切れて困っているところに、チェーンを使わないシャフトドライブ方式の自転車に乗った女性が悠々と通り過ぎようとしています。
典型的な比較広告(他社製品と比較して優位性をアピールする手法)で、ドイツ・ライプチッヒの最優秀印刷所の1つであるグリム・ヘンペル社で6色印刷されたものです。
ウェンナーバーグは主にドイツで画家、石版家、雑誌のイラストレーターとして活躍しました。

 

【ブレーキ】
 最初のブレーキはスプーン形の金属片を使って後輪の外周を押し付けるもので、1860年に考案されました。しかし、フリーホィール機構がまだなく、ペダルを逆回転させることで制動効果が発揮できたため、ブレーキは補助的なものでした。1879年にイギリス人のスターレーがリムの両側面から制動をかける、現在のキャリパブレーキの原型ともいえるものを発明しました。その後、空気入りタイヤの開発でタイヤを押える方式が登場しました。

フェルネル(ベルギー) 画 
ジョージュ・リシャー自転車(フランス) 製作

1896年頃
ジョージュ・リシャー社の自転車はタイヤを傷めないで徐々に利くブレーキが特色でした。
他のポスターのように自社の優位性を前面に出すのとは異なり、女性を中心に据えています。オーディナリーの時代、女性は主に三輪車を利用していましたが、80年代後半から自転車への移行がめざしく、女性利用者の獲得をめざしたポスターともいえます。
左上に描かれている四つ葉のクローバーはジョージュ・リシャー社のブランド・シンボルです。
フェルネルはイラストレーター、ポスター作家として活躍する傍ら、1898年から「笑い」という雑誌にイラストを投稿していました。

[参考文献]
自転車の一世紀 ―日本自転車産業史― 昭和48年 自転車産業振興協会
発明の歴史 自転車 佐野裕二 昭和55年 発明協会
自転車技術情報 第20号・第31号 昭和58年・昭和61年 自転車産業振興協会

                                  (自転車文化センター 学芸員)
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