②効果があったのか?
当時、自転車は第1次交通機関で、利用想定人数を考慮に入れると専用レーンの設置は効果があるはずです。ところが昭和13年6月に舗装化が完了し、自転車専用レーンが設置されたと同月、板橋区議会に現在の都営地下鉄新板橋付近から中仙道を北上し、現在の志村坂上までの市電区間延長の陳情書が提出されました。また翌年の6月には区から東京市長へ同様の陳情がなされています。これらの陳情には自転車専用レーン設置のことが一切触れられていません。陳情する上であえて触れなかったのでしょうか。
昭和19年に市電は三田線板橋区役所前駅手前から志村坂上まで延長されています。中仙道を利用する人員の増加に対してバスと自転車だけではもはや対応できなくなったのか、またバス等の自動車の増加に対応するために専用レーンを撤去したのか、あるいは自転車利用者の増加に対して専用レーンの効果が見られなかったのか。
このように考えると、この自転車専用レーンは非常に短い距離であったのか、あるいは江守保平の提唱を実験的に行うために短期間設置されたものか。昭和13年発行の「警察協会雑誌」5月号で、松井茂が「計画中の新京浜道 |
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写真3 昭和15年に撮影された現在の
志村坂上付近
写真2と街路樹が似ており、近距離の場所と見なせる (板橋区公衆浴場組合HPより) |
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