名古屋の岡本松造が岡本鉄工所を設立し、ハンドルポストやフレームなどの自転車部品の製造と修理を行う
石川商会、アメリカのピアス号を輸入する
岡崎久次郎、日米商会を設立し、自転車の輸入を手がける
日米商会、自転車の月賦販売を行う
明治護謨製造所が自転車タイヤの製造を開始する
この頃東京小石川陸軍砲兵工廠で、数百人の職工によって自転車の製造が手がけられ、生産量も相当の数であった
東京の東洋商会(明治30年頃から貸自転車業を開始)が自転車の製造を開始し、東洋号、ルビー号、ヒーロー号として販売する
宮田製作所と名称を改め、アメリカ製クリープランド号をモデルにして「アサヒ号」を発売する
ゼブラ自転車製作所が設立され、イギリス製センター号を改良した「ゼブラ号」を発売する