ブレーメンの6日間レースは、1996年1月11〜16日に、ブレーメン市内の市立ホールで開かれたが、今年で32回目を迎えた。6日間レースでは食事をしながら、或いはピールを飲みながら、レースを観戦するが、ヨーロッパでも特に北の国で根強い人気がある。
大会の運営は地元のブレーメン・スポーツマーケティング社で、同社のミンダー社長が大会委員長を務めている。競技委員長はベルギーのパトリック・セルキュ氏。セルキュ氏は元6日間レースのスター選手で、通算88勝の最多勝選手として良く知られ、大変人気がある。今年は、このブレーメン以外にゲント(ベルギー)とミラノの6日間レースの競技委員長も務めている。
6日間レースの呼び物は、二人一組でバトンタッチをしながら走るアメリカンレースである。それ以外には、デルニ(ドミフォンの一種)、スプリント、バンク一周タイムトライアル等が行われる。
参加選手は6日間レース専門のベテラン選手が多い。主なスター選手は、ダニー・クラーク(オーストラリア)、ユルス・ブロイラー(スイス)、エティエンヌ・ド・ビルデ(ベルギー)、ピエランジェロ・ビンコレット(イタリア)である。二人一組で計11チームが参加した。但しスプリントだけは、ヒュープナー(ドイツ),マニェ(フランス)、バランジェ(フランス)等のスプリンターが特別出演して争われた。
結果は各レースの総合得点で争われたが、最終成績は次のとおりであった。
| 1位 |
マルチネロ(イタリア)一ビラ(イタリア)組。400点。 |
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| 2位 |
リジ(スイス)一ベッチール(スイス)組。393点。 |
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| 3位 |
ベッゲルビイ(デンマーク)一マッドセン(デンマーク)組。376点。
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6日間レースは深夜遅くまで行われるが、そのスケジュールは次のとおりであった。
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1月11日(木)
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21h00〜2h30 |
| 1月12日(金) |
19h30〜3h20 |
| 1月13日(土) |
19h30〜3h20 |
| 1月14日(日) |
10h30〜18h00 |
| 1月15日(月) |
19h30〜3h20 |
| 1月16日(火) |
18h10〜23h35 |
入場料は一人一日50マルク(1マルク=77円とすると、3,850円)であった。会場には、ビールやソーセージの出店、数多くのゲームのスタンドがあったが、それらは勿論別途会計であった。
レースと交互に地元の人気歌手や人気バンドの出演を秘めとする種々のアトラクションが行われ、会場の雰囲気はいやがうえにも盛り上がった。6日間の入場者総数は124,000人と大成功であった。特に土・日の夜は超満員で、会場内では移動するのが一苦労であった。セルキュ氏は「主催者はかなり儲かっている」と、内緒で教えてくれた。
6日間レースはフランスやイタリアの南のラテン系の国では、いま一つであるが、冬の厳しい北の国では格好のアトラクションとなっている。6日間レースは、トラックレースとビールに象徴される、典型的なドイツの冬の風物詩といえよう。
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ミショー型について説明するガビー・カルコフ館長。中学校の先生が本職。
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ハノーバー郊外在住の
ウーエス氏自転車個人コレクション |
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ウーユス氏はドイツ、ハノーバー郊外のランゲンハーゲンに在住している。本職はドイツのベルトコンベアのメーカーの人事部長さん。自転車を収集するようになったきっかけは、新聞の三行広告で、アンチーク自転車をたまたま購入したことという。現在、自転車、自転車の生活で、自宅の地下室、ガレージ、居間等々が自転車のコレクションで埋まっている。
その内訳は、アンチーク自転車、パーツ、書籍、切手、メダル、カタログ、グッズ.....と、何でも手当たり次第の印象を受ける。コレクションは増え続け、今では自宅からすぐ近くの市有の建物を借りて、自転車博物館「自転車ギャラリー」をオープンするまでになった。丁度、ハノーバー郊外のゼールゼ市立博物館主催のアンチーク自転車展(1995年11月3日〜1996年1月14日)に主要なマシーンを無料で提供していた。そこでは、ドライジーネ(レプリカ),ミショー型、オーデイナリー車、セーフティ車、ミリタリー車等が展示されていた。
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ドイツ、ハノーバー郊外在住のウォルター・ウーユス氏。最近入手したばかりの婦人用車。
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自宅からすぐ近くの市有の建物の中にあるウーユス氏の個人コレクション「自転車ギャラリー」
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