Vol.198
平成7年12月
 





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'96シクロクロス世界選手権大会


'96シクロクロス世界選は2月3・4日にパリ郊外のモントロイユで開かれたが、それに付随して幾つかの行事が行われた。それら全体の日程は次のとおりであった。

1996年1月8日(月)
'96シクロクロス世界選関連合意書調印式
2月1日(木)
AIOCC年次総会。
2月2日(金)
シクロクロス・ワールドカップ表彰式
2月3日(土)
14h00
自転車のデモ行進
14h00
エスポワール(19〜22才)の部大会
18h00
自転車展開会式
2月4日(日)
11h00
ジュニア(17〜18才)の部大会
15h00
エリート(23才以上)の部大会

 


'96シクロクロス世界選関連合意書調印式

 '96シクロクロス世界選関連合意書は仏車連と主催市のモントロイユとの間で主催運営に関して交わされ、その調印式は1月8日(月)にモントロイユ市庁で開かれた。調印式にはダニエル・バール仏車速会長とジャンピエール・ブラール市長が出席した。プラール市長により開催までの経緯の説明があったが、その後プレザンス仏車連シクロクロス担当コーチより、コースの説明があった。

'96シクロクロス世界選

 '96シクロクロス世界選はパリ郊外のモントロイユで開かれたが、これは1993年に同市で開催されたシクロクロス仏選手権大会が大成功であった事が直接のキッカケになっている。シクロクロスは主にヨーロッパで盛んなレースであり・特にスイス・イタリア・フランス、オランダ、ベルギーが伝統的に強い国である。今年の世界選にはこれらのヨーロッパ諸国を初めとして、アメリカ、日本等の計19ケ国が参加した。
 レースはジュニア(17〜18才)・エスポワール(19〜22才)・エリート(23才以上)の3つに別れて争われた。

*ジュニアの部

 60名が出走し、58名が完走した。レースではスイスのロマン・ピーターが圧倒的に強く、完勝した。結果は次のとおり。

1位
ロマン・ピーター(スイス) 18.212km。40分55秒。
平均時速26.703km/h
2位
ガイツカ・ルジャレッタ(スペイン) 1位と49秒差
3位
グレゴリー・ラパリュ(フランス) 1位と59秒差


 日本チームは宮沢(22位),丸山(31位)、池本(50位)という全員完走の史上最高の快挙を成し遂げた。

*エスポワールの部

 72名が出走し、64名が完走した。優勝はトップ集団の8名に絞られた。結局は2選手のスプリント勝負に持ち込まれ、地元フランスのミゲル君がスイスのパトリック君を下した。結果は次のとおり。

1位
ミゲル・マルチネズ(フランス)。21.214km。46分57秒。
平均時速27.109km/h。
2位
パトリック・ブルム(スイス)。1位と同タイム。
3位
ズデネック・ムリナール(チェコ)。1位と4秒差。
日本から参加した鈴木選手は60位で完走した。

*エリートの部

 68名が出走し、57名が完走した。4周目に10名の先頭集団が形成され、優勝争いは最終回まで持ち越された。普通は一周を6分10〜20秒で回っていたが、最終回は5分54秒のスピード記録を出す程早かった。結局はオランダの選手とイタリアの選手2名の間のスプリント勝負となったが、予想に反してオランダの選手・が優勝した。結果は次のとおり。

1位
アドリ・バンデアプール(オランダ)。27.218km。56分12秒。平均時速29.053km/h。
2位
ダニエレ・ポントニ(イタリア)。1位と同タイム。
3位
リュカ・ブラマッティ(イタリア)。1位と同タイム。日本チームは大原(39位),小坂(48位)、鈴木(49位)という全員完走の立派な成績を残した。

 

 観戦は関係者を除き有料であった。料金は1日有効券で初日は60FF(1FF≡22円とすると、1.320円)、最終日は70FF(1.540円)で、2日間の共通券は100FF(2,200円)であった。入場者は初日が12,400人、最終日が22,300人の計34,700人と、主催者の希望どおりで、大成功といえよう。尚'97シクロクロス世界選はミュンヘンで開かれる予定である。

シクロクロス・ワールドカップ表彰式

 第3回シクロクロス・ワールドカップ表彰式は、2月2日に、パリ市内のUCI公式ホテルとなっていたホリディインで開かれた。1995〜1996年度のワールドカップの指定レースは以下の7ケ国で行われた7大会であった。

日付
開催地
主催国
1995年10月15日
ワンゲン
スイス
10月29日
ヘールレン
オランダ
11月12日
バリアノ
イタリア
12月2日
プラハ
チェコ
12月10日
ポンシャトー
フランス


得点の集計結果は次のとおりであった。

1位:
リュカ・ブラマッティ(イタリア),100点。
2位:リシャール・グローネンダール(オランダ),83点。
3位:ビート・ワベル(スイス),63点。

国別の集計結果は次のとおりであった。

1位:
オランダ、67点。
2位:スイス、62点。
3位:ベルギー、55点。


自転車のデモ行進


 シクロクロス世界選が開かれる機会を利用して、2月3日に、自転車のデモ行進が行われた。主催者はエコロJと呼ばれる環境保護団体で、100名前後の参加者があった。コースはパリのバスチーユ広場から世界選会場のモントロイユであった。その要求項目は以下の4点であった。

1.
パリ周辺の整備。現在は自動車の事しか考えられていない。
2.
パリ市内の駐停車禁止の幹線道路網の廃止。車の規制に逆効果。
3.
市内の各建物に駐輪場の設置。
4.
幹線道路におけるバス専用レーンと自転車専用レーンの設置。

 






スタート!スタートは大変大事なのでジュニアでもものすごい迫力。

1歩もひけをとらない宮沢選手。22位の立派な成績であった。

国旗を顔面にペイントしたオランダの少年ファン。

イギリスのファン。

一風変ったオランダのファン。

マシーンを交換する鈴木選手。結果は49位。

エリートの部の表彰式。1位は元プロロードのチャンピオンのバンデアプール(オランダ)









 
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 AIOCC年次総会


 AIOCC年次総会

 AIOCC年次総会は2月1日にパリ郊外のソフィテルホテルで開かれた。参加者はフランスを初めとするヨーロッパ諸国(ドイツ、スイス、イタリア、ベルギー、スペイン等)で、その他ではカナダと日本で、全員で約60名であった。AIOCCは自転車競技主催者の国際的な組織で、1956年に、レキップ紙の編集長で、ツール・ド・フランスの競技委員長でもあったジャック・ゴデ氏により創設された。現在の会員数は150名で、その内訳はプロ100名、アマ50名となっている。 

 会場では主催者にとって大変重要な問題であるカレンダーの設定に関する議論・質問があった。又今年のシーズンがすぐ始まるというのに、肝心のUCI競技規則がまだできていない、更にUCIの自転車競技改革のペースが早すぎて、主催者はついていけない等々のUCIにたいする批判・不満がかなり聞こえた。

 尚年次総会の正式な議事録は後日会員に郵送される予定である。

自転車展

 シクロクロス世界選を記念して、1月26日より6月3日まで、大会開催地のモントロイユで、自転車展が開かれている。2月3日に開会式が行われた。バール仏車連会長と元チャンピオンのローラン・フィニォンが来賓として出席していた。

 主催は地元モントロイユの歴史博物館で、主な協力は国立スポーツ博物館と個人コレクターのクリスチャン・ジュアン氏であった。展示は以下の8テーマに別れていた。自転車競技、ツール・ド・フランス、6日間レースとピスト競技、広告、自転車産業、実用車とレジャー用自転車、軍隊と警察、女性と自転車。

 会場の広いスペースをうまく利用して、クラシック自転車が当時の服装と兵に展示されていた。又ツール・ド・フランスを初めとする自転車競技の歴史が、マシーン・写真・ポスター・ジャージー・ビデオ等々をとおして語られていた。

 



神父さんがよく使用したウートン社製の三輪車。1910年

坂道を登る時にはペダルを逆に回すレトロディレクト。1912年イロンデル社製。

変形フレームの自転車。1922年

パン屋が使用した自転車。1898年ロバート社製。

「アビア」マークのピストン用マシーン。1900年


第二次大戦中に使われた救急自転車。

三輪車。1930年

オーディナリー車

ジェラール型折畳み軍用自転車。1895年頃。

オリゾンタル車。1930年

ツール・ド・フランスをテーマにした映画「選手頑張れ!」の宣伝ポスター。1931年


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